ぼくらはまちの探検隊



赤チーム

このまちをよく知るための探検地図を入手せよ

第一回目(2004/12/6):イントロ編

まず僕らがやったのは、それぞれの隊員のニックネームを決めること。お互いの呼び名を決めることで小学生と仲良くなるのはもちろんだけど、さらには「ニックネーム/名前」をつけるということ自体が今回のテーマにもなっている。名前をつけるためには、そのものの本質を的確にとらえなくちゃならない。そうでないと、付けられた方もかわいそうだし、長続きもしない。そんなこんなで、僕らはワイワイ言いながらニックネームを決めた。ちなみに僕は‘たろちゃん’隊長である。
意外だったのは、その日決めた即席のニックネームでも、小学生たちがわりとすんなりと使っていたこと。もちろん普段から使っているニックネームのままの子もいたけど、やはりその辺は小学生、柔軟だ。


次に自分の名前について考えてもらった。下のなまえはお父さんやお母さんが付けてくれたんだよね。あれじゃあ上のなまえは???「そんなの知らない」、「分かるわけないよ」。
そこで僕が取り出したのは「日本全国苗字ランキング」なるもの。日本で一番多い姓は「佐藤」だけど(これも諸説あります)、自分の苗字は何番目なんだろう?そんなことを一瞬で教えてくれるWEBサイト がある。そこで隊員に岡野校長先生、西村先生、藤波先生の苗字もいれて、苗字ランキングのあてっこをした。結果そのなかで一番多かったのが西村先生、次が隊長の僕・・・。あれ、よくみてみると苗字には「村」とか「川」とか「谷」とか、場所に関わるものが多いよね。そう苗字は、むかし祖先が住んでいた場所から取ったんじゃないかな。「へー」、「あ、そうか!」「じゃあ僕の先祖は川の近くに住んでたのか」と隊員たち。

日本人の苗字の数は諸説あるが、10万から30万ぐらいあるとされ、世界でおそらく最も多いだろうといわれている。さらにその八割以上が地名に関係するものであるともいわれる。 でも現在小学生たちがすむ「上原」「代々木」といった地名と彼らの苗字に関係性を見出すことはできない。近代以降の社会構造の変化により人々が地縁とは関係なく住むようになったこと、住居表示の合理化に伴いオリジナルの地名そのものが失われていったことなどが、その理由として考えられる。そう、僕の中での問題点は「場所」とそこに住む「人」の関係が薄くなってきているというか、あまりうまくいってないんじゃないかということだ。


ただもちろん、そんなことをそのまま小学生に言っても仕方がない。僕がみんなに言ったのは、「みんなで僕らつくる地図僕らだけの地図を作るってのはどうかな?」ということ。


じゃあ、何に名前をつけようか。


話は飛ぶが、僕は一月に三週間ほどヨーロッパの各都市を旅行してきた。コペンハーゲンから入り、リスボン、ポルト、セビーリャ、コルドバ、グラナダ、バルセロナ、パリ、リヨン、ブリュッセル、ゲント、アムステルダムまで計12都市を風のように駆けた。そして各都市の中心市街地の地図を集めたのだけど、驚いたのは本当にすべての道が名前をもつことだ。しかも魅力的な道や路地が多い。とくにポルトには思わず写真に撮りたくなるような坂がたくさんあって、歩いているだけで気分も高まる。こうしたヨーロッパの地図はストリートマップと呼ばれ、住所表記も通りを基準にしている。一方日本の都市の地図のほとんどはゾーンスポットマップといい、街区を一つの単位とした住所表記である。これは昭和37年に施行された住所表記法という法律により、より合理的な街区方式の住所表記が日本全国で採用されたことに始まる。 つまりここでの道は単なる境界線に過ぎない。あるいは車の通り道。


そこで、僕らは道の名前をみんなで考えることにした。上原はその名の示すとおり、原の上の方、つまり台地の上にあたる。そこに谷道がいくつか走って、さらに谷道と台地の上を結ぶ道ができて、と坂道が多く複雑な構成をしている。そんな道にひとつひとつに名前をつけることで、何か小学生たちの街を見る目が少しでも変わればいいなと。